大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

津地方裁判所 昭和48年(ワ)56号 判決

原告

坂本勇

被告

酒井一雄

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し、金四一四万六、八六三円及びこれに対する被告工藤については昭和四八年五月二五日から、被告酒井については同年四月二九日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は原告が各被告に対しそれぞれ金八〇万円ずつの担保を供するときは、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金六一二万八、七五四円及びこれに対する被告酒井については昭和四八年四月二九日から、被告工藤については同年五月二五日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告工藤は、昭和四七年三月二三日午後一時五〇分ころ、三重県多気郡明和町有尓中地先の国道二三号線上を普通貨物自動車(三重・一一さ五七一号、以下、加害車という。)を運転し、伊勢市方向に南進中、センターラインをオーバーして道路右方に向い進行した過失により、おりから同所を反対方向(松阪市方面)から進行してきた原告運転の貨物自動車(三重・一一や五七二号、以下、被害車という。)に正面衝突し、よつて原告運転の被害車を損傷させると共に、原告に対し、頭部外傷、顔面挫創、右膝挫創等の傷害を与えた。

2  被告工藤は、加害車を自己名義にしているが、いわゆる傭車として専属的に被告酒井方の海産物の輸送を行い、被告酒井は酒井水産の名称で海産物取引業を営むにつき加害車の運行を自己の支配下においていたものであるから、被告両名は加害車をそれぞれ運行の用に供していたものであり、また、被告工藤には前記のとおり過失があり、被告酒井はその事業に被告工藤を使用していたから、被告らは原告の受けた人損及び物損を賠償する責任がある。

3  原告が本件事故により受けた損害は次のとおりである。

(一) 車両損害 金二七八万三、〇四七円

被害車は、原告が昭和四七年二月六日、日産デイーゼル三重販売株式会社より金二九〇万円(実際は月賦払いのため金三三四万六、一〇〇円)で購入したものであるが、本件事故により全損評価を受けるに至つたので、事故当時の見積額二七八万三、〇四七円(年三割二分の法定償却を購入日より事故日まで計算して得られた価格)が原告の受けた車両損害である。

(二) 治療費及びそれに関連する費用 金四六万〇、六〇八円

(1) 金三二万八、六一八円 伊勢市所在の亀谷病院入院分

(2) 金九万七、九二〇円 同病院通院分

(3) 金一万四、八二〇円 妻の付添看護一三日間につき、妻の一日あたり金一、一四〇円の割合による他での稼働利益相当額

(4) 金一万二、二五〇円 一日金二五〇円の割合による四九日間の入院雑費

(5) 金七、〇〇〇円 一日金二〇〇円の割合による三五回の通院雑費

(三) 休業補償費 金二一七万〇、九〇〇円

原告は、被害車を使用して、訴外右京砂利こと右京章の砂利運搬の仕事を継続的に行い、毎月純利益として平均金二七万二、三七五円を得ていたが、その後八か月間右利益をあげることができなかつた合計金二一七万九、〇〇〇円の内金

(四) 労働能力低下による逸失利益 金三〇万四、一九九円

原告は本件事故により自賠法施行令による後遺障害等級が一四級と認定されたので、事故前の平均月収二七万二、三七五円を前提とし、労働喪失率を五パーセントとし、労働能力喪失継続期間が症状固定後少くとも二年間あるとして、ホフマン式計算に従い年五分の割合による中間利息を控除して、その現価を計算するとその額は次のとおり金三〇万四、一九九円となる。

272,395円×12×0.05×1.8314=304,199円

(五) 慰謝料 金八〇万円

原告は本件受傷のため入院及び通院を余儀なくされ、しかも前記のとおり後遺症を残し、その他本件事故によつて受けた苦痛は甚大なものがあり、その慰謝料としては金八〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用 金五〇万円

原告は本件訴訟を原告代理人に委任し、着手金として金二〇万円を支払い、謝金として請求認容額の一割を支払うことを約したが、本件事故による損害として請求しうる弁護士費用は金五〇万円が相当である。

4  よつて、原告は被告らに対し、各自、前記損害額合計金七〇一万八、七五四円より原告の受領した自賠責保険金六九万円(傷害による保険金五〇万円及び後遺障害の等級一四級による金一九万円の合計額)、被告工藤の兄から受領した車両損害金二〇万円及び被告工藤から受領した金一〇万円を差し引いた残額金六一二万八、七五四円(計算上は六〇二万八、七五四円となる)とこれに対する訴状送達の日の翌日である被告酒井については昭和四八年四月二九日から、被告工藤については同年五月二五日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告工藤潤)

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3の事実中、(一)ないし(三)は知らない、(五)は否認、その余は争う。

(被告酒井一雄)

1 請求原因1の事実中、本件交通事故のあつたことは認めるが、その余は知らない。

2 同2の事実中、加害車が被告工藤の名義であることは認めるが、その余は否認する。

すなわち、被告酒井は昭和四六年八月ころから本件事故当時までの間、被告工藤に対し、数回、商品の運送を委託したことがあるが、右委託はその都度限りのもので、委託の内容、運賃も個別に取り決めていたものである。また、被告工藤は、加害車を所有して運送業を営む者で、被告酒井以外の不特定多数の者から運送の委託を受けていたものであつて、加害車の管理、保管は被告工藤においてこれをなし、被告酒井はこれには何ら関与していなかつた。

3 同3の事実中、(三)は否認し、その余は知らない。

なお、原告は運輸大臣の免許を受けないで自動車運送事業を経営していたものであつて、そのような違法な事業に基づいて得た収入は保護に値しない。

三  被告酒井の抗弁

1  仮に、被告酒井は加害車につき運行供用者たる地位にあつたとしても、本件事故の発生した当日の午後一時半ころ、同被告は訴外広徳雄を介して被告工藤との間の運送委託契約を解除したものであり、本件事故はその直後に発生したもので、被告酒井は本件事故とは無関係で、自賠法上の責任を負うものではない。

2  原告の車両損害については、車の売主である日産デイーゼル三重販売株式会社は代金の請求を一切なさず、しかも右債務はすでに時効により消滅した。

3  原告は、被告工藤との間に、本件事故によつて生じた損害の賠償につき示談をなし、右示談において、被告酒井には損害賠償責任がないことを確認した。

4  仮に、被告酒井に本件事故によつて生じた損害につき賠償の責任があるとしても、原告には次に述べるような過失があつたから、右賠償額を定めるにつきこれを斟酌すべきである。

(一) 被害車は一〇屯積大型貨物自動車であるところ、原告は右車に約二〇屯の砂利を積載していたため、ハンドル機能が不全となり、その操作の適正を欠いたため、原告は普通なら避けえた衝突事故を避けることができなかつた。

(二) 本件事故当時、信号が黄色に変つたのであるが、現場は見とおしのよくきく直線道路であり、しかも雨の中を対向の大型車が多数走行している状況が遠くから確認できたのであるから、原告は、黄色信号により直ちに停止するか、停止せずに通過するときは徐行するとか、または雨による横すべり等を考慮して走行車線の最左端を通行し、対向車の動向に細心の注意を払つて進行する義務があるのにこれを怠つたものである。

(三) 原告は、道路運送法四条に違反するいわゆる「白トラ」営業をしていたもので、被害車に保安基準に適合する保障はなく、また原告は過労等正常な運転ができないおそれのある状態で被害車を運転していたものである。

(四) 原告は被害車を購入するにあたつては、右車につき任意保険契約を締結することになつていたのに、これを履行しておらず、また自賠責保険にも加入せず、これがために、損害が増大する結果となつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は争う。

2  同2及び3の事実は否認する。

3  同4の事実は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  被告工藤に対する関係については、請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告工藤は原告の被つた損害につきこれが賠償の義務があるものといわなければならない。

二  被告酒井に対する関係につき検討するに、請求原因1の事実中、本件交通事故が発生したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は車道の幅員約七・五メートルの見通しのよい直線道路であること、原告は被害車を運転して松阪市方向に進行すべく西進して本件事故現場に差しかかつたこと、一方、被告工藤は加害車を運転して時速約六〇キロメートルで右とは反対の伊勢市方向に進行すべく東進中、前方交差点の信号が黄色となつたのを見ると共に、先行する車の後方約三メートルの距離まで近づきそのまま進行を続けているうち、前車がブレーキをかけたので、被告工藤は同車との追突の危険を感じ急ブレーキをかけると共に、ハンドルを右方へ切つたところ、当時たまたま雨天で路面がぬれていたことも加つて、加害車が右斜に横すべりしてセンターラインを超えたため、おりから対向して進行してきた原告運転の前記被害車と衝突するに至つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告工藤に過失があつたことは明らかであり、しかして、〔証拠略〕によると、右衝突事故により、被害車は損傷を受けると共に、原告は頭部外傷、顔面挫創、右膝関節打撲挫創の傷害を受けたことが認められる。

そこで、さらに、被告酒井の帰責事由の有無につき検討する。

加害車が被告工藤の名義であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると、被告酒井は酒井水産なる屋号で水産加工業を営み、主として港に揚げられる魚類の運搬、煮干し作業、魚類の冷凍作業をしていたのであるが、被告酒井はみずからは右魚類運搬用のトラツクを所有せず、右運搬業務は専ら被告工藤をはじめ二、三の運送業者に依頼して行つていたこと、被告工藤は運輸大臣の免許を受けないいわゆる「白トラ」による運送事業を行つているものであるが、昭和四六年夏ころから右貨物自動車を持つて右酒井水産に出入りし、被告酒井と雇傭契約を締結していたわけではないが、傭車の形で魚類の運搬をするようになり、被告酒井またはその息子の酒井勝正の指示に従つて、一か月の内多いときは二二日、平均して月一四、五日の間、殆んど専属的に酒井水産の右運搬業務に従事し、所定の運賃の支給を受け、これが月平均一二万ないし一三万円となつていたこと、そして、右運搬の仕事のないときには酒井水産において魚類の冷凍作業、煮干し作業に従事して一日三、〇〇〇円程度の日当を得ていたことを認めることができ、〔証拠略〕はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告酒井は被告工藤に対しては少なくとも直接または間接に指揮監督を及ぼす地位にあり、被告工藤は右指揮監督のもとに被害車を運転していたものと認むべきであり、被告工藤が被告酒井のもとで魚類を運搬していたことは、被告酒井の経営する酒井水産の業務執行であり、かつ被告工藤のしていた加害車の運行は被告酒井が自己のため運行していたものと解するのが相当であるから、被告酒井は原告の被つた人損については自賠法三条により、物損については民法七一五条によりこれが賠償の義務があるものといわなければならない。

この点に関し、被告酒井は、本件事故発生の直前頃、訴外広徳雄を介して被告工藤との運送委託契約を解除した旨主張し、被告酒井一雄の本人尋問の結果は、右主張に沿うが如くであるけれども、右供述にはあいまいな点があるばかりでなく、〔証拠略〕はにわかに措信するを得ないので、運送委託契約を解除したことを理由に被告酒井が運行供用者たるの地位になかつた旨の被告酒井の主張は採用することができない。

三  そこで、原告の被つた損害につき検討する。

(一)  被害車の損害

〔証拠略〕によると、原告は昭和四七年二月六日被害車を金二九〇万円にて購入し、本件事故の発生した同年三月二三日までこれを使用していたこと、しかるに、本件事故による損傷を修復するには購入費以上に費用がかかる状態であつたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、右認定の自動車の購入費に減価償却資産の耐用年数等に関する大蔵省令を合わせ考えると、被害車の耐用年数は四年程度、その償却率は〇・四三八とみるのが相当であり、定率法により右使用期間後の被害車の時価を算出すると、本件事故当時における被害車の時価は、次の算式どおり金二七三万七、六〇〇円となり、右金額が原告の被つた被害車の損害と認むべきである。

時価=2,900,000-(1-0.438×47÷366)=2,737,600円

被告酒井は、本件被害車の販売代金債権はすでに時効により消滅していたから、原告は被害車については損害を受けなかつたことに帰する旨主張するけれども、右代金債権が時効により消滅したことを確認するに足る証拠はないので、同被告の右主張は採用することができない。

(二)  治療費及びそれに関連する費用

〔証拠略〕によると、原告は本件事故の発生した昭和四七年三月二三日から同年五月一〇日まで四九日間伊勢市所在の亀谷病院に入院し、同年三月二四日から少なくとも一三日間は付添看護が必要であり、原告の妻が右付添看護にあたつたこと、そして、同年五月一一日から同年一〇月六日まで一四九日間(診療実日数三五日)同病院に通院して治療を受け、入院治療費として金三二万八、六一八円、通院治療費として金九万七、九二〇円を支出したことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

次に、付添看護料につきみるに、本件事故当時付添看護料として一日金一、〇〇〇円程度を要することは顕著な事実であるから、右金一、〇〇〇円に一三日分を乗じた金一万三、〇〇〇円が原告の被つた損害と認めるのが相当である。

原告は、付添看護料として妻が他での稼働利益相当額をもつて原告の被つた損害と主張するけれども、そのような事情を予見しまたは予見しえたことの認められない本件においては、右主張は採るをえない。

次に、入院雑費についてみるに、右費用として一日平均二五〇円程度を要することは顕著な事実であり、原告の入院日数が四九日であつたことは前記認定のとおりであるから、原告は入院雑費として金一万二、二五〇円の損害を被つたものと認むべきである。

次に、通院のための費用につきみるに、原告の住所が肩書記載のところであることは記録上明らかであり、また原告の通院した病院が伊勢市にあることは前記認定のとおりであり、右事実に徴し、通院費として往復一〇〇円程度を要することは明らかであるから、これに前記通院日数三五日を乗じたものが、原告の通院に要した費用と認むべきである。したがつて、原告は通院雑費として金三、五〇〇円の損害を被つたものと認むべきである。

よつて、原告は治療費及びそれに関連する費用として合計金四五万五、二八八円の損害を被つたものというべきである。

(三)  休業補償費

〔証拠略〕に前記認定の原告の治療期間を合わせ考えると、原告は本件事故以前は訴外右京章のもとで砂利運搬の業務に従事し、月平均金五七万二、三七五円の収入があり、その内経費として月金三〇万円程度を支出していたので、差引き金二七万二、三七五円の利益をあげていたこと、しかるに本件事故のため約七か月間は稼働できなかつたことが認められ、〔証拠略〕は信用するを得ず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、被告酒井は、原告の営業は運輸大臣の免許を受けないいわゆる「白トラ」営業であつて違法なものであるから、そのような違法な事業による休業損害は保護に値しない旨主張する。

なるほど、原告のいわゆる白トラ営業が違法であることは明らかであるが、無免許営業といえども、その事業の過程における第三者との運送契約が私法上当然に無効となるわけのものではないから、無免許営業者といえどもその損害の発生を否定することはできない。しかしながら、かかる無免許営業者は、道路運送法との関係において免許営業者に比し、その収益については確実性において不安定な要素を含んでいることは明らかであるので、休業補償費の算定にあたつては、右の点を考慮する必要があるが、これを実数的に把握しがたいので、休業補償費の全体に対する右不確定要素を四〇パーセントとみて、これを右金額から控除するのが相当である。

そうすると、原告の被つた休業補償費としては、次の算式どおり金一一四万三、九七五円ということになる。

272,375×7×0.6=1,143,975円

(四)  労働能力低下による逸失利益

〔証拠略〕によると、原告は本件事故による後遺障害として男子の外ぼうに醜状を残すもの(後遺障害等級一四級一〇号)との認定を受けたこと、また、〔証拠略〕によると、原告は右後遺障害による自賠責保障金を受領したことがそれぞれ認められるけれども、これがために原告の労働能力が低下した事実についてはこれを確認するに足る証拠はない。もつとも、〔証拠略〕によると、原告の病状等を診察した医師は、原告の受けた傷害は昭和四七年一〇月六日治ゆしたが、後遺障害として坐ると右下腿、足にしびれ感、疼痛が、また右前額部に局所的異常発汗がある旨の診断をしていることが認められるが、右後遺障害については自賠法施行令所定の認定を受けたことを確認するに足る証拠はなく、仮に右記載の如き後遺障害が残つたとしても、これがために原告の労働能力が低下したとの点については後記措信しない〔証拠略〕を除いてこれを確認するに足る証拠はないので、後遺障害を前提とする逸失利益の主張は理由がない。

(五)  慰謝料

前記認定の原告の受けた傷害の部位、程度、入通院の期間、後遺障害の程度その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故によつて多大の精神的苦痛を受けたことは明らかであつて、右苦痛に対する慰謝料としては金四〇万円をもつて相当とする。

(六)  弁護士費用

原告が本件事故に基づく損害賠償請求訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、後記説示のとおり原告の本訴請求における認容額、立証の難易等本件訴訟にあらわれた事情を考慮すると、原告主張の弁護士費用の内本件事故と因果関係のある損害として被告らに請求し得べきものは金四〇万円をもつて相当とする。

四  被告酒井は、原告は被告工藤との間に本件事故によつて生じた損害の賠償につき被告工藤との間に示談をなし、右示談において被告酒井に対しては損害賠償責任がないことを確認した旨主張するけれども、仮に原告が右主張の如き示談をしたとしても、右示談の効力が当然に被告酒井に及ぶものではなく、他に原告が被告酒井に対し同被告の本件事故に基づく債務を免除したことを確認するに足る証拠はないので、同被告の右主張は採用することができない。

五  過失相殺について

1  被告酒井は、原告は被害車に所定の積載量を超えて砂利を積載していたため、原告においてハンドル操作の適正を欠いた過失があつた旨主張するので検討するに、〔証拠略〕による、原告は被害車に所定の積載量以上に砂利を積載していたことが認められるけれども、これがために原告がハンドル操作の適正を欠くに至つた事実はこれを確認するに足る証拠がないので、被告酒井の右主張を前提とする過失相殺の主張は採用することができない。

2  被告酒井は、原告は走行車線の最左端を通行する等して、被害車の動向に注意を払わなかつた過失がある旨主張するが、本件事故は、被告工藤が突然被害車の前方に進出してきたことが原因で発生したものであつて、前記認定の事情のもとにおいて、原告が被告酒井の主張するような対向車線上の車の動向に注意して自車を運転すべき注意義務があるものということはできないので、原告に過失があつたことを理由とする被告酒井の右主張は採るを得ない。

3  被告酒井は、原告がいわゆる「白トラ」営業をしていたことに過失があつた旨主張するので判断するに、原告が主張の如き違法営業をしていたとしても、これをもつて、本件事故における被害者側の過失ということはできないし、また同被告は原告が過労等で正常な運転ができないおそれのある状態で被害車を運転していた旨主張するけれども、これを確認するに足る証拠がないので、同被告の過失相殺の主張はいずれも採用しえない。

4  被告酒井は、原告が本件被害車を購入するについてはこれに任意保険契約を締結することを売主との間に約束していたのに、これを履行しなかつた旨主張するので検討するに、〔証拠略〕によると、原告は本件被害車を日産デイーゼル三重販売株式会社から買受けるにあたり、右売買契約締結後遅滞なく右会社の承認した保険会社と右売主会社が指定する保険金額をもつて同会社を被保険者とする自動車保険契約、その他損害保険契約を締結することを約定していることが認められるが、仮に原告において本件事故発生当時右約定の保険契約を締結していなかつたとしても、右は右売買契約の当事者間での約定であつて、これをもつて本件事故における被害者側の過失ということはできないので、これを前提とする被告酒井の過失相殺の主張は理由がない。

なお、被告酒井は、原告は本件被害車につき自賠法上の保険契約をも締結していなかつた旨主張するけれども、これを確認するに足る証拠はなく、したがつて、右保険契約を締結していなかつたことを前提とする過失相殺の主張は採用することができない。

六  以上の理由により、原告は本件事故により合計金五一三万六、八六三円の損害を被つたものというべきところ、右の内自賠責保険金六九万円並びに右損害の内金として被告工藤及びその兄から合計金三〇万円を受領したことは原告の自認するところであるから、原告の本訴請求は被告らに対し各自右残額合計金四一四万六、八六三円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかなる被告工藤については昭和四八年五月二五日から、被告酒井については同年四月二九日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるものというべきである。

よつて、原告の本訴請求を右説示の限度において認容しその余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白川芳澄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例